ポスト語学学習の時代を楽しむ

ポスト語学学習の時代昨日、友人と電話で話していたら、相手がdocomoユーザーだったので、Docomoの「はなして翻訳」が話題になった。
自分はDocomoでないので使ったことがないが、大きな賞も受賞し、従来のものに比べて格段に通訳・翻訳精度があがっているとのこと。

利用シーンも、完全を求めないコミュニケーション場面で、今後WIFI対応になっていけば役に立つとのこと。

技術もDOCOMOの独自ではないようなので、色々なところから、こうしたサービスが出てきてくれると面白い世の中になると思う。

語学の壁をテクノロジーで壊せるならば、それは素晴らしいと思う。

10年後の語学学校の未来でも触れたが、Goole Glassと、精度の高い翻訳ソフト(ex:はなして翻訳、うつして翻訳)が一緒になれば、本当に語学を学ぶ必要性は薄くなる。

英語ともっとも遠い言語である日本語を話す日本人は、これまで多大な時間を英語学習にあててきた。

好きでやっているならもちろんかまわないが、皆一律に人生の有限な時間を使ってきていた環境が、学びたい人が学ぶだけになるのは喜ばしいことだ。

語学学習の時間を別のことに使える幸せ

日本の学校教育で1000時間、学習する人は2000時間とか学習する外国語の時間(一方でアメリカの学生は外国語は数十時間?)、これらがもっと別のことに使われたら、日本からさらに新しいイノベーションももっと起きていくのではないかなと考えている。

語学学習を、強制されてやる必要がない時代、それが理想だ。

それは近い将来まで来ている。5年先かもしれないが、テクノロジーの進化によって、世の翻訳学校や語学学校がバタバタとなくなっていき、専門的な学校に鞍替えしたり、業態自体を変えていく。

 

そうしたダーウィンの進化論の如き状況がたまらない。

やはり自分は変化が好きな人間だとつくづく思う。

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