AIは「裸の王様製造装置」?心構えは”離見の見”
AI活用法として、ほとんどの人は、調べ物や相談相手としてAIを使っていると思います。
私も、新事業や、改革案の壁打ちとしてAIにアイデアを投げてみたりします。
そうすると御多分に漏れず、AIは、気持ちよく、こちらのアイデアを肯定してくれます。
アイデアの実現生、成功確率だけでなく、そうしたアイデアを出すに至った私本人まで褒めてくれます。
こうして気分よくなると、
AIのコメントしてくれる”おべんちゃらな意見”も、
うんうんと聞いてしまうのは人間誰しもあることでしょう。
まるで、AIは、裸の王様製造装置のようです。

「王様、素晴らしいあなたにピッタリなこの服でいきましょう!」
「きっと、耳目を集め、あなたの価値をもっと高めてくれることでしょう!」
とおだてられて着た服が裸だった。
自分はなんて恥ずかしいことをやっているんだ・・・。
となってしまうことが今後たくさんでてくると思います。
例えば、
・会社に反感を感じやすい従業員や、世間を恨む人
・自分は間違っていない、正しいと常に考える傾向のある人
これまで、確信がもてなかったけど、AIという良き相談相手が、意見に太鼓判を押してくれた!
あなたは悪くない。悪いのは相手の方です!と言ってくれた。
やっぱりそうだったんだ。間違っているのは私じゃない! 相手だ!!
と感じ、AIに釣られた人々の見方がどんどん、一方的、独善的にならないだろうか?!
もちろん、これは自分自身への自戒を込めて書いています。
離見の見

その昔、能の大家、世阿弥が、記した言葉で、**離見の見(りけんのけん)**という言葉があります。
離れてみるもう1つの目をもって見よ。
すなわち、
常に、主観だけでなく、客観視もしよう!
という意味です。
AIに相談する上で、常にアドバイスを1歩引いて、実際はどうなのだろう?
過剰に、自分に寄り添って回答していないか?
など、主観と客観の狭間のバランスを取るのが理想だと考えています。
